2007年10月 6日 (土)

機能不全家族について

父親が家にいない家庭のことを指すワケではありません。父親が家にいなくっても、家庭が充分に機能していれば大丈夫ですが、家にいても機能しないような場合に「機能不全家族」となります。
 
って、アタリマエのような説明ですが、何でこんなことをわざわざ書いたのかといえば、このような家庭に育った場合、コドモに与える影響が大きいからなんです。他の先生方のブログでもAC(=Adult Children)として、いくつもの記事が紹介されていますが、アダルトチルドレンとは「大人になれない子供っぽい大人」という意味ではなく「大人びた、マセた子供」という意味でもありません。元々の意味は「Adult Children of Alcoholics=ACA」「アルコール依存症の親を持つ家庭に生まれ、現在大人になったヒト」ですが、最近では、この意味の解釈が拡大され、「機能不全の家族に生まれ、大人になったヒト」を指すようになっています。
 
アダルトチルドレンの性質(性格)は機能不全の家族の中でコドモ自身が生きのびるために身につけてしまうものだったり、そうすることによって機能不全な家庭を支えることになったりします。
  
家族のつくりだす関係によってコドモ達がココロに問題を生じる例としては・・・

1. ヒーロー タイプ
   成功や偉業によって家族自身の価値を高め、自分の家族が正しいことを
   示そうとする。たとえば、難関校の受験だとか・・・
2. いわゆる良い子
   混乱の中に立って世話をやく。年齢以上に大人びている。
   いわゆる良い子、そつのない子。
3. 適応したコドモ
   混乱の中にいても無関心、目立たない、静かなコドモ。
   決断することを望まないし、できないコドモ。
4. 忘れられたコドモ
   問題を起こさないことで家族に貢献するコドモ。
   内気で孤立し、期待されることはほとんどない。
5. マスコット/ペット
   末っ子に多く、ふざけたりして緊張をゆるめようとするコドモ。
6. 暴走するコドモ
   否定的な行動で自分に関心を集めようとする。
   逸脱行動で混乱を引き起こし、家族の問題から注意をそらそうとするコドモ。
   たとえば、非行や反社会的行動など。


その原因となる家庭背景について
 (1) 親の仲が悪く、いつもケンカをしていたり、怒りが爆発しやすい家庭
 (2) 愛がなくて冷たかったり、憎しみに満ちている家庭
 (3) 他人や兄弟姉妹と比べられたり、えこひいきがある家庭
 (4) コドモに過度の期待がある家庭
 (5) お金や仕事、学歴だけが重視される家族
 (6) 親からのコントロールや抑圧がある家庭
 (7) 過度に子どもを甘やかし、溺愛する家庭
 (8) 他人の目を気にする表面だけ幸せそうな家庭
 (9) いつも親が不在な家庭
 (10)親と子どもの関係が逆転している家庭
 
 
家族関係のボタンを掛け違えたまま育ったコドモは、心が歪んでいきます。悪いことをしたら叱る、よいことをしたら褒める。この当たり前のコミュニケーションができない親の子供がアダルトチルドレンになってしまうようです。
 
自分自身が育った環境を振り返って、現在の家庭環境を考えると、共通していたり、当てはまるコトがいくつもあるのですが、父親が不在となるコトが多いみなさんの家庭ではいかがでしょうか?
  
 
  ちなみにボクは毎晩のようにビール飲んで酔っぱらってマス(^_^;;
   ↑コレって、アルコール依存の親ってコト!?
 
  
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↓続きは問題を指摘するだけではなく、その対応法についてです。
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育ってきた環境に基づく性格はスグに変化するものではないので、治療法や解決法ではなく、対応法と考えたほうがよさそうですね。
気長に付き合い、将来に問題を残さないようにすることが大切です (^_^)v

関連する事項はWikipediaで読んでみてください。
 
アダルトチルドレン
幼児虐待
自助グループ(Self Help Group)
 
 
機能不全家族についてチョコッと書こうと思ったら、理解しなければイケナイことがかなりあってビックリしました (^_^;;
 
続きを書くかどうかは???です。
 
 
 
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2007年9月25日 (火)

ボクにしか出来ないコトを

つい先日、一年ぶりに誕生日を迎えました。 一年ぶりって当たり前か(^_^;;
 
何歳かというと、不惑の歳ともいいますが、マダマダ迷いが振り切れません。
日本人の平均寿命の半分を越えて、後は下り坂の人生かも・・・。
   
コレからはボクでも出来るようなコトではなく、ボクにしか出来ないコトを
やっていこうと思っています。
   
ボクにしかできないコトって・・・
 まずは イギリス医療の現状と日本との比較について
 そして 医療と社会福祉と特殊教育の連携について
 さらに みんなが共に楽しく過ごせるようには どうしたらイイのか
 
最終的な目標は 
 ハンデがあるからこそ理解できる何か素晴らしいコトについて、
 みんなに知ってもらえるとイイなぁって思っています。
   
 
今までも何度か書いてきましたが、
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コドモが「障害を持っていても楽しく暮らせるんだ」という負け惜しみ
のような発言ではなく、「障害を持つコドモと接することで、みんなが
気づかない何か大切なモノが理解できた。」
この気持ちを気づかせてくれた、いくつかの家族のうちのひとつです。
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 我が家も、そんな家族になりたいと思っています。
 
 
 
そんなワケで、まずは自分の家族と楽しく過ごすコトから始めています(^_^;;
まだまだ人生勉強(=修行?)の日々ですね。
 


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2007年9月17日 (月)

スペシャル・マザー

Special Mother

 

Most women became mothers by accident, some by choice, a few by social pressures, and a couple by habit. This year, nearly 100,000 women will become mothers of handicapped children. Did you ever wonder how mothers of handicapped children are chosen? Somehow, I visualized God hovering over Earth selecting His instruments for propagation with great care and deliberation. As He observes, He instructs His angels to make notes in a giant ledger.

 

"Armstrong, Beth, son. Patron Saint, Matthew. Forest, Marjorie, daughter. Patron Saint, Cecillia. Rutledge, Carrie, Twins. Patron Saint....... give her Gerard. He's used to profanity." Finally, he passes a name to an angel and smiles, "Give her a handicapped child".

 

The angel is curious. "Why this one, God? She is so happy."

 

"Exactly," smiles God. "Could I give a handicapped child to a mother who does not know laughter? That would be cruel."

 

"But does she have patience?" asks the angel.

 

"I don't want her to have too much patience or she will drown in a sea of self-pity and despair. Once the shock and resentment wear off, she'll handle it.

 

I watched her today. She has a sense of self and independence that are so rare and so necessary in a mother. You see, the child I'm going to give her has his own world. She has to make it live in her world and that's not going to be easy."

 

"But Lord, I don't think she even believes in you."

 

God smiles. "No matter, I can fix that. This one is perfect. She has just enough selfishness."

 

The angel gasps, "Selfishness? Is that a virtue?"

 

God nods. "If she can't separate herself from the child occasionally, she'll never survive. Yes, here is a woman whom I will bless with a child less than

perfect. She doesn't realize it yet, but she is to be envied.

 

"She will never take for granted a spoken word. She will never consider a step ordinary. When her child says Mama for the first time, she will be witness to a miracle and know it. When she describes a tree or a sunset to her blind child, she will see it as few people ever see my creations.

 

"I will permit her to see clearly the things I see -- ignorance, cruelty, prejudice --- and allow her to rise above them. She will never be alone. I will be at her side every minute of every day of her life because she is doing my work as surely as she is here by my side."

 

"And what about her patron saint?" asks the angel, his pen poised in midair.

 God smiles. "A mirror will suffice."

 

 

ボクは特定の宗教は信じていないけれど、自然現象を超えた何かしらの力が働いていると感じることがあります。それは自身のチカラなのかもしれませんが、周囲からの支えなのかもしれません。家族や友達のチカラってこんな時に分かるんでしょうね。与えられた困難は自分自身で乗り越えるしかないのでしょうが、周囲のチカラを借りるともう少しラクに行けますよね(^_^)b 

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↓続きは訳です。
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Special Mother

作者不明 訳・伊波貴美子  

母親になる女性にはいろいろいます。思いがけなくなる人、自ら望んでなる人、周りのプレッシャーからなる人、また慣習でなる人。今年、約100,000人もの女性が障害児の母親になります。どうやって障害児の母親に選ばれるか考えたことがありますか?私はなぜか神様が地球の上を浮遊しながら生殖のための器を丹誠込めて選び抜いておられるような気がします。神様が観察されたことを天使達に大きな台帳に記入させます。  

「アームストロング、ベス、息子。守護聖人はマタイ。フォレスト、マージョリー、娘。守護聖人はセシリア。ラトレッジ、キャリー、双子。守護聖人は...そうだな、ジェラルドにしよう。彼は冒涜(ぼうとく)にはなれているから。」最後に神様は天使達にある女性の名前をお伝えになり、「彼女には障害児を与えなさい」とおっしゃいます。  

天使達は不思議に思います。「なぜこの人なのですか?とても幸せそうなのに?」  

「まさしく。」と神は微笑まれます。「喜びを知らない母親にどうして障害を持った子を与えられよう。それは酷という物。」

 

「この人には忍耐はありますか?」と天使が訪ねます。

 

「あまり忍耐がありすぎると、哀れみと絶望の海に溺れてしまう。彼女ならショックと憤りを乗り越てしまえば、大丈夫。」

 

「私は今日を彼女見ていた。彼女は母親としてまれで重要な自我と自立心を持っている女性である。彼女には自己の世界を持っている子供を授けるが、その子を彼女の世界に引き込む必要がある。しかし、それは容易な事ではない。」

 

「でも神様、彼女はあなたを信仰していないと思いますが。」

 

神様は微笑まれます。「それは心配には及ばない。彼女は最適だ。ちょうど良いくらいの身勝手さを持っている。」

 

天使は驚きの声を上げます。「身勝手さが長所なのですか?」

 

神様はうなずかれます。「時に子どもから離れることができなければ、長くは持たないだろう。この女性には完璧ではない子どもを与える。今は気づいていないが、やがて人にうらやましがられるようになる。」

 

「彼女なら子どもが発したことばを当然のことと受け流すことはないだろう。子どもがはじめの一歩を踏み出すことを当たり前だと思うことはないだろう。子どもが「ママ」と初めて言えるようになったときに奇跡を見たと思うだろう。目の見えない子に木や夕焼けを説明するとき、ほかの誰も見えないような目で私の創造物を見ることができるだろう。」

 

「彼女には私が見えるもの、たとえば、無知や冷酷さや差別を見せてあげよう。そして彼女にそれらを克服させよう。彼女は一人ではない。私のつとめを司る彼女のそばにいつも私がいる。今彼女が私の傍らにいるように。」

 

「彼女の守護聖人は誰にしましょう?」と天使がペンを構えてたずねます。

 

神様は微笑まれながらこうおっしゃいます。「鏡で十分だ。」

 

 

 

 

 

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2007年9月 4日 (火)

だから、あなたも生きぬいて

同名の本がベストセラーになっていたので、ご存知の方も大勢いると思います。
 
著者の「大平光代」さんは、中学生時代にイジメに会い、自殺未遂に続き、極道の妻となりましたが、その後、司法試験合格、少年事件の弁護士として活躍された方です。その後、大阪市助役となりましたが、辞職後に先輩弁護士さんと新しい家庭を築かれています。←カナリ強引なマトメですが (^_^;;
  
 そんな家庭に昨年9月にダウン症をもつ赤ちゃんがやって来ていたんです。
  
このことについては以前に新聞や週刊誌で紹介されていたので、いつかは記事にしようと思っていたのですが、ナカナカ考えがまとまりませんでした。
  
今回、その大平さんがTV番組でダウン症のことについて対談をされるので、紹介します。
 
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福祉ネットワーク
  
 
この子はこの子なんやから
  〜弁護士・大平光代さん ダウン症をめぐる対話〜
 
  2007年9月5日(水)20:00〜、再放送:9月12日(水)13:20〜
    
「だから、あなたも生きぬいて」の著者として知られる弁護士・大平光代さん。去年9月に出産した娘・悠(はるか)ちゃんは、ダウン症です。この1年間、手探りの子育てを続けてきた大平さんの心を支えたのは、鹿児島に住むダウン症者・岩元綾さんを育てた両親がつづった成長の記録でした。先月、大平さんの念願がかない、岩元さん一家との対面が実現しました。二組の親子の出会いと「いのち」をめぐる対話をお伝えします。
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日本で初めて大学を卒業したダウン症の女性と、その御両親との対談という形で番組が放送されるようです。どんな内容になるのか非常に興味深いのですが、なにぶん海外では見るコトは出来ません。きっと放送後には、いろんなところで紹介されるんでしょうが、少しでも多くの方に見てもらおうと思い、記事にしてみました。
  
番組を見て、どんな感じだったか教えてくれると嬉しいです。



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2007年8月18日 (土)

英国の社会福祉制度

「英国の社会福祉/特別支援教育制度」という本を手に入れました。
 っていうか、海外赴任の話が出た時に取り寄せた本のうちの一冊だったんです。
   
ハンデのあるコドモを持つ我が家に海外赴任の話が出た時に、イギリスは社会福祉が充実しているからダイジョウブだよ♪って言われたのですが、実際に来てみないと分からないことって多いですよね。
   
そんなワケで、最近になり、もう一度じっくりと読み直しているところですが、その本の巻頭に書いてある文章です。
   
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英国の社会福祉制度
  
英国の社会福祉制度は、医療・教育・福祉を三つの柱として、そのサービスは障害に渡り途切れることなく提供されます。これらのサービスは密接かつ有効的につながりあい、必要な時に必要なヒトに与えられるように考えられています。学齢前は医療と福祉のサービスが主ですが、学齢期が近づくと教育との関わりも始まります。
また、これらを助けるボランティア団体や地域の支援グループの存在も大きなものです。実際のサービス提供をはじめとして、情報交換、介護者の精神的なサポートなど、多岐にわたり、他のボランティア団体とも協調しながら活動しています。英国のシステムとサービスを理解するには、これらのサービスをそれぞれ単独のものとしてではなく、全体的に一つのものとして捕らえることが必要です。
英国では、本人だけでなく、兄弟や家族の不安を取り除くことも大切だと考えられています。希望すれば専門家からのアドバイスやカウンセリングを受けることもできます。家庭医や専門家は患者本人や家族にとってのよき理解者であり、助言者でもあります。
  
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  ってことは、ボクもアドバイスをする側にいるってコトになるんですよね。
  
  
そんなワケで、この本を利用しながら、自分なりに「英国の社会福祉制度」について、少しずつ勉強していこうと思いますが、この内容に興味のある方はコメント(または推薦ボタンをクリック)していただけると記事が書きやすくなるので、よろしくお願いいたします。
 
 
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2007年8月 4日 (土)

【みんな待ってるよ】おやじ自身が小児科医の場合(9)

以前から連載形式で紹介していたモノの続きですが、最後の一文が紹介できずにいました。
  関連する記事→おやじ自身が小児科医の場合(8)
 
自分自身、どうコメントして良いのか分からなかったので、今までの分と一緒に紹介します。
今までのを読んだことがある人は最後の3行だけ読んで下さいね (^_^)v 
 
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「障害児なんだうちの子」って言えたおやじたち

 おやじ自身が小児科医の場合
  
【始めに】
 受け入れがたい事態に直面した場合の心理的な変化を研究した方がいます。それを五段階に分類して解説しました。その気持ちの変化とは・・・
  
 1) 驚き:まずは驚き、びっくりする、信じられないと思う
 2) 否定:そんなことはないと拒否したり拒絶する気持ち
 3) 悲しみ:世の中でこんなに不幸なのは他にはいないなど
 4) 受容:その事態を受け入れ認める、その環境に慣れる
 5) 昇華:この経験をみんなのために役立てたいなどと思う気持ち。
  
こんなことは昔から知識としては知ってはいたけれど、実際に体験してみないと分からないものです。百聞は一見に如かずというようにボクの経験を書いてみました。
   
【生まれたときの話1】
当時のボクは朝からは障害児のための医療施設で小児科医として働き、日が暮れてからは大学病院で代謝異常症の遺伝子解析の研究をしていた。早朝から深夜まで留守にしていて、初めての出産を控えていた妻は同居しているボクの実家の両親に任せていた。
  
その日は突然にやってきた。日付が変わる頃に自宅に戻ったとき陣痛が始まっていることがわかった。初産の場合は陣痛が始まってから長時間かかってから出産に至ることが多いのでこのまま様子を見て朝になってから病院に行くよう話していた。
   
 ところが、そこで予想しない事態が起きた。そのまま自宅でお産が進行してしまったのだ。
でも、新生児の扱いには慣れているし、今までの経過でも特に異常はなかったし、何とかなるだろうと思っていた。
   
 しかし、生まれてきた子供は正常ではなかった。変な顔貌をしていて筋肉の緊張は弱く、明らかに異常であった。多くの病気の新生児をみていたこともあり、普通でないことは一瞬で理解した。そして、明らかな合併症もないことから死ぬような病気でもないということも・・・。「これは染色体異常症だ!! 知恵遅れになるし、家族そろって普通の生活はできないだろう、とんでもないことになった」と思った。とりあえず表面的には落ち着いた表情で周囲を落ち着かせ、救急車を呼んで病院に搬送することにした。
   
 ボクの知っている病気じゃなかったら、いったい何なんだろう? 染色体異常ではなく診断がつかないような難病だったらどうしよう? いっそ手が滑って落としてしまったことにしたらいいんじゃないか。そんな思いが駆けめぐっていた。でも、そんな事したら小児科医として、いや人間として生きていけないんじゃないか? どうしよう・・・ 深夜2時過ぎに自宅での出来事だった。
 
 病院から自宅に戻って少し休んだ後で目が覚めたとき、隣に妻がいないことで再び深夜の出来事が夢ではなかったことを再確認した。夢だったらよかったのに。
 
 このときほど、自分の診断が外れてほしいと思ったことはなかった(当たり前の話だが、)。これは一時的なもので、何も問題ありませんよ、なんて事は言ってもらえないかなぁ。なんて後で笑って言ってくれたら、なんてほんの少しは期待してたりして。 でも、それはそれで、大変な誤診をしたことになり、これも問題だし・・・。そんな事ってあり得ないだろうなぁ、って思っていた。
   
【その後の話】
 しばらくの間は、自分の診断が間違っていないか長男の症状と医学書の記載とを比較した。やはり診断は正しい。ではどうするか? 医学書には病気のことしか書いていない、起こりうる合併症や平均余命が短いことなど、よいことは何も書いていなかった。普段の生活のことや、どうすれば楽しいことができるのかは全く分からなかった。
   
 同じ職場には障害児医療の専門家、先天異常の専門家の先生がいた。相談をしてみたが、その当時のボクの心には響くものがなかった。しかし、その後は適切な時期に適切なアドバイスがあり、とても参考になった。今でもとても感謝している。
  
 最初に判断を迫られたことは、この事実を妻に説明するかどうかだったが、相談した結果はみんな、早めに妻に全てを話して問題意識を共有する方がよいということだった。実際に妻に話してみたところ、はじめはつらかったけれど、後から考えてみたら先に話しておいて正解だったと思っている。
  
 迷ったり、悩んでたりした時期に心に響いたのは、患者とその親の会だった。我が家の場合は「日本ダウン症協会」と「日本ダウン症ネットワーク」だった。机上の理論より実際の親の経験の方がずっと参考になった。ただ、感情論に走りやすいのが親の会の特徴でもあるのだが、それを割り引いても、得ることは大きかった。今時はいろんな患者会があり簡単に調べることができるので、少し落ち着いたら連絡を取ってみるとよいと思う。 まあ、そう思うまでの気持ちの整理にも時間がかかるんだけどね、、、。
  
【周りの意識を変えること】
ある程度自分の気持ちが整理された後で考えたことは、この経験をみんなのために役立てたいということだった。自分のことや自分の子供のことを考えることは誰にでもできる事だけれど、他人のことも考えて相談にのれるということはすばらしいことだと思っている。
 
子供の障害について最初に説明をするのは小児科医であるし、その場に立ち会うのは看護婦なので、最初の一言が気の利いた言葉であれば、その後の気持ちの整理が上手くいくと思っている。最終的な気持ちの整理には両親の考えや育ってきた環境によって行き着くところは最初から決まっているのかもしれないが、ボクの病院では、その近道を教えることができると思う。
  
ボクの場合は大学病院に勤務していることもあり医学生や看護学生に障害児について理解をできるように説明している。「どんなに医学が進歩しても、この世の中から障害児がいなくなることはない」これは紛れもない事実だ。以前は障害が残っていた子供が障害なく生活できるようになったし、以前は亡くなってしまったような子供が今では障害を持って生活できるようになった。たとえ障害を持って生まれたとしても、親にとっては自分の子供を産んで育てるということはやりがいのあることだと話している。たとえそれがとても大変なことだとしても・・・。
  
 将来、医療の現場にでたときに、その相談を受けることができるほどの周囲からの信用があるかどうか? 相談されたときにきちんとした回答ができるかどうか。 ボクは一人でも多くの理解者を増やせるようにしているつもりだ。この気持ちに何人の学生さんが共感してくれたかは、何年か後になって分かることだろう。もしかしたらずーっと後かもしれないけれど、少しでもそうなるように、やっているつもりだ。
  
【みんな待ってるよ】
 これを読んでいるヒトは、今すぐこんな気持ちにはなれないと思う。自分の家族のことだけで精一杯かもしれない。でも、いつかは自分たちのことだけではなく、他人のことも支えるようになれると思う。きっと、なれるはずです。 みんなまってるよー!!
 
 
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以前にも紹介しましたが、この文を含め、いろんなオヤジ達が書いたモノが掲載されています。
  関連する記事 → 「障害児なんだうちの子」って言えたおやじたち
 
 
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2007年7月20日 (金)

お母さん ぼくが生まれてごめんなさい

先週の金曜日にフジTV系で放送されましたが、残念ながらボクは見ることはできませんでした。
『お母さん ぼくが生まれてごめんなさい』
ご覧になった方がいたら、どんな感じだったか、教えてください。
 
 
以前の記事で原作となった同じ題名の本を紹介したことがありますが、この本を読んだときは人目もはばからず大泣きしてしまいました。
 関連する記事 → 2006-07-01 お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい
  
  
【出版社/著者からの内容紹介】 Amazon.co.jp より引用です

 
新聞・テレビで大反響!時を超えた愛と感動のノンフィクション
「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」

 本書は、24年前にサンケイ出版で発刊されていた同書の復刊です。
 なぜ、今、そんな昔の本が復刊されるのか?産経新聞の読書欄に載った
 一つの投稿が、本書復刊のきっかけでした。石川県の美術館に展示されていた
 本書に掲載されている詩に今どきの女子高生が感動して涙した、という内容です。
 果たしてどのような詩なのか?という問い合わせ、投書が産経新聞に殺到しました。

 それは、このような詩でした。
  
   ごめんなさいね おかあさん
   ごめんなさいね おかあさん
   ぼくが生まれて ごめんなさい
   ぼくを背負う かあさんの
   細いうなじに ぼくはいう
   ぼくさえ 生まれなかったら
   かあさんの しらがもなかったろうね
   大きくなった このぼくを
   背負って歩く 悲しさも
   「かたわな子だね」とふりかえる
   つめたい視線に 泣くことも
   ぼくさえ 生まれなかったら

   ありがとう おかあさん
   ありがとう おかあさん
   おかあさんが いるかぎり
   ぼくは生きていくのです
   脳性マヒを 生きていく
   やさしさこそが 大切で
   悲しさこそが 美しい
   そんな 人の生き方を
   教えてくれた おかあさん
   おかあさん
   あなたがそこに いるかぎり
 
 *詩の中に不適切ととられかねない用語がありますが、
 障害児本人の作品であり、原文を尊重しました。
  
  


 産経新聞記者が調べた所、この詩はサンケイ出版で発刊されていた
 この『おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい』に掲載されていた
 ものということが判りました。
  
 これは養護学校で言葉も十分に話せず手足も不自由な子供たちに言語教育を
 していた向野先生が、脳性マヒの「やっちゃん」と一緒に作った詩でした。向野
 先生があげる言葉に対し、表現したいことと一致すれば、目をぎゅっとつぶって
 イエスのサイン、間違っていれば舌を出してノーのサインを送るという方法で、
 詩作はすすめられたといいます。
  
 生まれたときから重度の障害を持ったやっちゃんが、一生懸命、明るく生きた
 15年間。そして、その死後、この詩が世間に与えた感動の輪などを余すことなく
 描いた愛と感動のノンフィクション。時を経ての復刊です。


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↓続きはHPでの番組紹介です。
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森昌子、22年ぶりの主演!
脳性マヒと闘う少年がつづった母への愛と感謝の詩…
  
金曜プレステージ
 『お母さん ぼくが生まれてごめんなさい』
   
<2007年7月13日(金)21時〜22時52分放送>
   
 今、こういう時代だからこそ観てほしい…
  
 出会いは19歳の時に出演した『小川宏ショー』(昭和53年3月10日放送)。脳性マヒと必死に闘っていた香川康文さんは森昌子の大ファンだった。しかし無情にもこの世を去ってしまった康文さん…。
 その後森昌子は康文さんが自分のことをつづった詩の存在を知り、天国にいる康文さんへ届けとばかりに番組で感謝の気持ちを歌にこめた。「康文さんが私の大ファンでよく『先生』を聴いてくれていたそうです。彼が亡くなって2年後に彼が書いたお母さんへの詩が出てきたのがきっかけで遠藤実先生に曲をつけていただき、小川宏ショーで歌わせていただいたんです」と森昌子は当時を振り返る。
 
 そして月日はたち今度はドラマという舞台で康文さんと再会できた。「運命を感じました。長い年月がたってまた出会えたことは神様がそうさせてくれたのかなと…。私も母親になり今あらためてタイトルを見るとジーンと来ますね。当時15才の少年が『お母さん ぼくが生まれてごめんなさい』ということを感じていたことがすごいです。彼は感受性が豊かで感謝の気持ちをずっと持っていたんだなと思います。」
 
 さらに今回は久々の主演ということにも注目が集まる。「最後に主演をやらせていただいたのは四半世紀ぐらい前かな(笑)?! 主演ということで良い意味で意識しますし、緊張もして、とにかく毎日一生懸命です。撮影前に実際に養護学校へ行って生徒さんともふれ合えましたし、そこで彼らからエネルギーをもらいましたし、生きることの素晴らしさなど肌で実感できて、結果自然体で演じさせていただいています。またこのドラマはとにかく今悩んでいる一人でも多くの方に観ていただきたいです。そしてとにかく何事もあきらめないでほしい、生きる希望を持ってほしいと思います。今こういう時代だからこそ観てほしいです」と“運命の作品”に対する想いを語った。
 
 親子の深い愛情に感動を呼んだ『お母さん ぼくが生まれてごめんなさい』、森昌子が“本気”で演じたこの運命の作品、どうぞご注目下さい。
挟間忠行プロデューサーコメント
 
「今回のドラマで何より感じるのは、ドラマの主人公の少年と森昌子さんとの『運命』ともいえるめぐり合い。29年前、ワイドショーで少年の詩に曲が作られ、森さんが熱唱したのですが、まさか少年の母親役を演じるなどと、その時、森さん自身もまるで想像していなかったことでしょう。今回のドラマ化に当たって、紆余曲折、いろいろあったのですが、結果、森さんに決まったことに正直、私共も不思議なご縁を感じずにはいられません。普通女優は『素の芝居』に挑戦しますが、なかなか難しい。しかし今回彼女は見事に演じきりました。見ていて思わず引き込まれる森さんの魅力は『女優』を超えたといっても過言ではないでしょう。ぜひご覧下さい。」
 
【概要】
 生まれついての脳性麻痺のため、手足のマヒを抱え、言語障害を持った香川康文(渡辺直樹)は、母・亜希子(森昌子)や弟・雄太(田中碧海)らの家族に支えられ明るい学生生活を送っていた。そんな康文の姿を見て、夢を捨てかけて自棄気味だった藤谷瞳(福田沙紀)も再び自分を取り戻していく。
 しかし、康文は初恋に破れ、大切な友人を亡くすなど、思うに任せない厳しい現実に直面していくことになる。そんな中で、康文が思ったのは、それでもこんな自分を支えてくれている母に何とかしてこの気持ちを伝えたいという思いだった。
 
【あらすじ】
 その日も康文(渡辺直樹)は、母・亜希子(森昌子)に車椅子を押してもらい、スクールバスの来るバス停へと向かっていた。すれ違う人々の目は、好奇と同情に満ち、亜希子は息子のことを気遣ったが、康文にはそれを困ったように笑い飛ばす強さを持ち合わせていた。
 その直後、康文はゲームセンターで言い寄る男子を一蹴する一人の女の子を目撃する。赤い髪に派手なメーク。亜希子には、そんな少女と康文が、知り合いであるなど思いもしなかったが、康文にはその少女に見覚えがあるようだった。
 康文の母・亜希子は、夫を亡くした後、仕出し弁当屋を切り盛りしながら、康文と雄太(田中碧海)を女手一つで育ててきた。弁当屋にはたよりになる従業員の大塚圭吾(鶴見辰吾)がいる。
 早朝から炊き出しを始め、息子二人を学校へ送り出すまでの亜希子の朝は、まさに戦場だったが、明るい康文と兄思いの雄太のおかげで日々の暮らしは充分にしあわせだった。
 康文の通う養護学校は、学習内容について個人指導プログラムが組まれている。虫や鳥の小屋があり、金魚鉢が置かれるなど、自然に囲まれた教室はジャングル教室と呼ばれている。そして、そこにはクラスのリーダー的市村さおり(斉藤舞花)、康文の親友の宇田川修司(十川史也)、知的障害を抱えながらも愛らしく、クラスのアイドル的存在の矢城薫(大森なるみ)がいた。
 ある日、担任の向野幾世(伊藤かずえ)は、「家の外に出て友人を作る」という月の目標を掲げた。それぞれに障害を持つ生徒たちには大変なことにも思われたが、みんなはやる気満々でそれを実行に移し、次々と教室以外での友達を作っていった。そんな中、康文だけはいつまでも新しい友達ができたことを報告できずにいた。実は、康文はゲームセンターで出会った少女・藤谷瞳(福田沙紀)に会いに行き、懸命に友達になろうとしていたのだ。
 それはちょうど一年前のことだった。康文は車椅子に乗った自分の傍らを颯爽と駆け抜けて行った陸上部の瞳と出会っていた。今ではすっかり外見が変わってしまい、走ることもやめてしまったらしい瞳のことを、康文は友達になって、何とか立ち直らせたいと思った。
 夢はマラソン選手という康文にとって、走る瞳は、まぶしいあこがれの存在だったのだ。「かわ・い・そう…」そんな風に自分のことを言った康文に、瞳はたじろいだ。だがその後、二人の関係を知った亜希子が、わざと瞳に車椅子の康文のことを任せてくれたりもして、瞳の気持ちは次第に解きほぐされていくのだった。
 そして、ついに康文のキャンプに瞳はボランティアとして参加するまでになった。この日、瞳に康文を託した亜希子は、いつも兄優先で我慢している雄太のためだけに一日を過ごした。
 それから数日後。康文にようやくやってきたと思われた青春は、長くは続かなかった。瞳はキャンプに参加していたもう一人のボランティア室井大樹(福山一樹)に思いを寄せていたのだ。はしゃぐ瞳に、「お似・合い・だから…応援・する…」。康文はそういうのが精一杯だった。「頑張れ」と言ってあげられない。亜希子の気持ちも沈んでいた。
 だがそれからしばらくして、康文はふたたび赤い髪に派手なメークに戻った瞳と出会った。一体なにがあったのだろう?
 そして立て続けに、今度は康文と亜希子のみならず、向野や同じクラスの生徒たちを打ちのめす事件が起こったのだ。それは、薫と母の真由美(石井めぐみ)が心中を図ったというものだった…。
  
  
備考)  [著者略歴]向野幾世
昭和11(1936)年、香川県生まれ。奈良女子大学文学部卒。国立教護事業職員養成所修了。肢体不自由児施設指導員や奈良県立明日香養護学校教諭、奈良県立障害児教育センター所長、西の京養護学校校長、奈良県立教育研究所障害児教育部長などを歴任。現在、奈良大学講師。一貫して、障害児の教育の機会拡大や、障害者と健常者の共生を目指してボランティアの育成や啓発・教育活動を展開。
98年、文部大臣より教育功労賞受賞。
主著に「いいんですか 車椅子の花嫁でも」(扶桑社)

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2007年7月 5日 (木)

Re:オランダへようこそ

昨日は長男の誕生日でした。ボクが「イタリア」ではなく「オランダ」にやってきて、
ちょうど9年経ったコトになります。
  参考となる記事 → 6/22 オランダへようこそ
今までは、コメントをいただいたみなさんへ個別にお返事していたのですが、今回は
この記事でお返事とさせてください。
  
9年前の深夜に自宅で分娩開始、ボクが臍帯を切り、病院へ救急搬送、そして自分で診断。
その後、自分自身で妻や祖父母へ病名の告知もしました。とても辛く苦しい時期もありまし
たが、そんな経験をしたからこそ、今の自分があるのだと思っています。
  
 
と、キレイゴトを並べてもしょうがないのですが、この9年間は、長いようで、短いような、なんだかよく分からない感じでした。幸い、ボクの周りには良き先輩、同僚、後輩、コメディカルワーカー、そして多くの患者さんとの出会いがあり、たくさんのヒトたちに支えられ、ココまでやって来ました。
また、この春から現在の職場になったことで家族とともに過ごす時間を増やすコトができました。これから先、10年、20年と経っていくと思うと、心配のような、楽しみのような、いろんな気持ちが入り交じっています。
  
  
でも、このまま現在の医療・福祉制度に流されるのではなく、小さいながらも自分達で流れを創っていければいいなぁと思っています。
 
 
これからもこのブログは続けていくつもりなので、今後ともよろしくお願いいたします m( _ _ )m




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2007年6月22日 (金)

オランダへ、ようこそ

Welcome To Holland  
        by Emily Perl Kingsley
  
I am often asked to describe the experience of raising a child with a disability -- to try to help people who have not shared that unique experience to understand it, to imagine how it would feel. It's like this.
  
When you're going to have a baby, it's like planning a fabulous vacation trip -- to Italy. You buy a bunch of guidebooks and make your wonderful plans. The Coliseum, Michelangelo's David, the gondolas in Venice. You may learn some handy phrases in Italian. It's all very exciting.
  
After months of eager anticipation, the day finally arrives. You pack your bags and off you go. Several hours later, the plane lands. The stewardess comes in and says, "Welcome to Holland".
  
"Holland?" you say. "What do you mean, Holland? I signed up for Italy! I'm supposed to be in Italy. All my life I've dreamed of going to Italy."

But there's been a change in the flight plan. They've landed in Holland and there you must stay. The important thing is that they haven't taken you to a horrible, disgusting, filthy place, full of pestilence, famine and disease. It's just a different place. 
  
So you must go out and buy new guidebooks. And you must learn a whole new language. And you will meet a whole new group of people you would never have met. It's just a different place. It's slower paced than Italy, less flashy than Italy. But after you've been there for a while and you catch your breath, you look around, and you begin to notice that Holland has windmills, Holland has tulips, Holland even has Rembrandts.
 
But everyone you know is busy coming and going from Italy, and they're all bragging about what a wonderful time they had there. And for the rest of your life, you will say, "Yes, that's where I was supposed to go. That's what I planned."
  
The pain of that will never, ever go away, because the loss of that dream is a very significant loss. But if you spend your life mourning that fact that you didn't get to Italy, you may never be free to enjoy the very special, the very lovely things about Holland.
 
                 Copyright 1987 by Emily Perl Kingsley
 

  久しぶりに読んだら、泣きそうになりました。
  でも、泣いてもイイよね (/_;)
 
コドモが「障害を持っていても楽しく暮らせるんだ」という負け惜しみのような発言ではなく、
「障害を持つコドモと接することで、みんなが気づかない何か大切なモノが理解できた。」

 
最近はドタバタしてたので、こんな気持ちを忘れそうになってました (^_^::
 
 

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オランダへ、ようこそ
  
     作 エミリー・パール・キングスリー  訳 伊波貴美子
 
私はよく障害を持つ子供を育てるって、どんな感じか聞かれることがあります。障害児を育てるというユニークな体験をしたことがない人が理解して、想像出来るようにこんな話をします。

 出産の準備をするというのは、すてきな旅行の計画をすることに似ています。例えば、イタリアへの旅。旅行ガイドをどっさり買い込み、現地での行動を計画します。ローマのコロシアム。ミケランジェロのダビデ像。ベニスのゴンドラ。簡単なイタリア語を覚えるかも知れません。とても、わくわくします。

 そして、何ヶ月も待ちに待ったその日がやってきます。あなたはカバンを持って、いよいよ出発です。数時間後、あなたを乗せた飛行機が着陸します。スチュワーデスが来て、「オランダへようこそ。」と言います。

 「オランダですって?」とあなたは驚きます。「オランダってどういうこと?私はイタリアへ行くはずだったのよ!ずっと前からの夢だったのに!」  しかし、飛行計画が変更になり、オランダへ着陸したのです。あなたはそこに留まらなければなりません。
 
 ここで考えて欲しいのは、あなたは不快で汚くて、伝染病、飢饉や、病に侵されたひどい場所に連れてこられたのではないと言うことです。ただ、ちょっと違う場所なのです。

 あなたは、新しい旅行ガイドを買わなければなりません。そして、全く違う言葉を覚えなければならないのです。また、今まで会ったことのない人々に出会うことになります。

 ちょっと違う場所へ来ただけなのです。イタリアに比べて、時はゆっくりと過ぎていき、イタリアのような華やかさはありません。でもしばらくここにいて、深く息を吸いこんで、周りをみわたすと…オランダには風車があることに気がつきます…チューリップも。オランダにはレンブラントの絵もあります。

 あなたの知人たちは、イタリアへ行ったり来たりして、とても楽しい時間を過ごしたと自慢します。あなたは残りの人生、こう言い続けるでしょう。「私もイタリアへ行くはずだったの。そのつもりだったの。」

 イタリアへ行けなかった痛みは癒えることはないでしょう。失った夢はあまりにも大きすぎるのです。

 しかし、いつまでもイタリアに行けなかったことを悔やんでいると、オランダのすばらしさや、美しさを楽しむことは出来ないでしょう。
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2007年6月18日 (月)

父の日に想う

昨日は6月第3日曜日で「父の日」でした。イギリスでも父の日ってあるんですね。
っていうか、こっちの方が先だったりして (^_^;;
 
ボクはこの春までは家族と過ごす時間も少く、とくにコドモ達と夕食を共にするコトは月に2〜3回程度でした。最近では当直や残業もないし、家族と一緒に過ごす時間が増え、今までの生活とはカナリ違う日々を過ごしています。
 
  そこで、最近になり、気になるコトとして・・・
 
ボクは小児科医なので、日頃からいろんなコドモと母親の相手をしているのですが、そのコドモ達と比べると、我が家の場合、父親の言うことは聞かないし、落ち着きもないし、なんだか正常範囲から逸脱してるんじゃないかと感じてしまいました。(←次男と三男のコトです)
海外の生活環境に慣れなくって落ち着かないんじゃないか?とか、もしかして、ADHDとか、発達になんか問題があるんじゃないか?などと余計な心配をしてしまっていたのですが、そんなことを話していたら、妻のヒトコト。
 
  今までお父さんが家庭にいる時間が少なかったから、
  コドモ達のココロのバランスが崩れてるんじゃないの?
 
 
そういえば、今までの家族との関わりって、ほとんどなかったかもしれません(^_^;;
 
  コレから、心を入れ替え、立派な父親になるぞ!
  
 
でも、立派な父親って・・・?
 




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